2006年06月09日
ふみまさを預かってもらっている保育園では、毎年このくらいの時期に、保育士のかたと親との面談がある。今日はその面談の日だった。Honeyも僕も仕事を半日休んで面談に備える。そもそも働いているから保育園に預けているわけで、保育園のこういう行事は土日に設定してもらえたらありがたいのだけれどと思うし、実際に要望も挙がっているのだけれど、なかなかそうはならない。保育士のかたの労働条件にも影響するのだろう。
僕からは、先日のお風呂場の出来事のような、ふみまさが言い出したら聞かないことと、折れるべきか押し通すべきか迷うことが多い、ということを伝える。折れるべきか押し通すべきかは絶対にどちらかにする、というものではないので、問題の重要度や、そのときのこどもの様子などでその時々で判断すればいい、というアドバイスをもらう。確かにそうだ。ただ、同じ内容で昨日は譲って、今日は譲らないというと、ふみまさも困るだろうから難しい。
ふみまさの保育園での様子を教えてもらう。保育園と家でほとんど同じように振る舞っていることがわかって、少し驚いた。実は、去年の面談の時に同じように保育園のようすを聞くと、家ではわがまま放題だというのに保育園ではおりこうさんだということがわかったのだ。保育園では緊張しておりこうさんになっている分、家では発散の意味もあって甘えてるのではないかと去年の担任のかたからコメントをいただいた。それが、今年は同じような様子で保育園でも結構わがまま全開でいるようす。
でも、別に目に余るようなものではないと言ってもらう。そう言ってもらえると、むしろ保育園でもリラックスできるところまで馴染んだということなのかなと思える。なんだかうれしい。
2006年06月05日
今日はふみまさとお風呂に入る。平日、帰るのが遅いときにはHoneyが入れてくれる。土日や平日でも早く帰ってきたときにはなるべく僕が入れるようにしている。ただ、僕は食事の後に時間を置かないとお風呂に入れないほうなのでタイミングによってはやっぱりHoneyが入れてくれる。
僕が入れるときには、まず、2人でかかり湯をして、一緒に湯船につかる。ふみまさは僕の膝の上に座ってしばらくじっとしている。そうこうするうちにお風呂用のおもちゃで遊び始めたり、2人でお湯をかけあったりする。ふみまさと一緒に湯船から出て、ふみまさの身体を石鹸で洗って、お風呂から送り出すとHoneyが引き取ってくれてパジャマを着せてくれる、というのが一番スムースなパターン。湯船からあがりたくないと言って、僕が身体や頭を洗う間、ひとりで湯船で遊んでることも多い。
こういうパターンができていたのだけれど、この日はいつもと違っていた。最初に湯船に入ろうとしないのだ。「お風呂に入ろう」「いやだ」「入らないと温まらないよ」「いやだもーん」・・・。僕が先に入ってふみまさを迎えようとするが、いつまで経っても嫌がる。だんだん僕のほうもエスカレートしてきて、ふみまさの右手を左手でがしっと掴んだ。「入ろう」「離して、離して」ふみまさが僕の手から逃れようと力をこめるが、さすがにおとなの握力にはかなわない。ふみまさは泣き出してしまう。
こういう場面で譲るべきか、押し通すべきか、いつも迷ってしまう。この日はもう少し粘ってみることにした。ふみまさは「離して、離して」と泣き叫び始める。とうとう腕を離し、湯船から出て、泣いているふみまさのそばに座って「湯船に浸かろうよ、どうして嫌なの?」と声をかける。泣きやまないふみまさ。時々声をかけながらしばらく泣き続けるふみまさを見守る。
ようやく少し落ち着いたふみまさに「じゃあ、身体を洗おう」と言って、いつものように身体を洗ってあげる。シャワーで石鹸を流して「ふみまさと一緒に湯船に浸かりたかったな、一緒に入れなくてがっかりだ」と言うと、ふみまさは「今日は嫌だったの」と答える。「今度は一緒に浸かろうね」と言うと、こっくり頷いていた。
ふみまさを送り出して、ひとりで自分の身体を洗いながら、どう対応するのがよかったのかな、と考えてみる。ふみまさの手をぐっと掴んだのはうまくなかったかもしれない。湯船に浸かる/浸からないから、腕を離す/離さないに変わってしまった。僕が意地になってしまったらどうしようもないよな、と反省。
